今日は当ブログの第一発目の論文紹介記事として相応しい、オスのマウスから正常な発生能力をもつ卵を作り出すことに成功したという衝撃の研究を紹介させていただきます。この論文は日本国内の研究グループから発表されたものでちょうど一年前の2023年3月15日にNatureにオンライン掲載されました。タイトルは「Generation of functional oocytes from male mice in vitro (試験管内でオスマウスから正常に機能する卵母細胞を作成した)」です。
オスのマウスから作成したiPS細胞から、発生能力の
ある卵子を作ることに成功した。
同一オスマウス個体に由来するiPS細胞から子孫を
生み出すことに成功した。
男性同士のカップルでも将来的には子供を作ることが
できるかもしれない。
論文の概要
論文のタイトル通りオスマウスから卵子を作ることに成功したというびっくりな論文なのですが、その作成方法も非常に興味深いものでした。
基本的にマウスやヒトをはじめとする哺乳類は性染色体と呼ばれる染色体の組み合わせによってその性別が決定され、X染色体を二つ持つとメス、X染色体とY染色体を一つずつ持つとオスとなります。(爬虫類の中には発生時の温度によって性決定がされる種もおり、性決定様式は非常に興味深い研究分野です。)そのため、オスの細胞から卵子を作るためにはY染色体を消し、X染色体をもう一つ作る必要があります。
筆者らは細胞の継代培養とreversineという薬剤による処理によってこれを達成しました。ES細胞やiPS細胞などの幹細胞*は継代を繰り返すことでY染色体を失うことがあることが知られています。そこで筆者らはまず細胞を8回から9回継代培養し、Y染色体を失った細胞(XO細胞と呼びます。)を取得しました。続いてX染色体の数を倍化させるために、染色体の不分離を誘発するreversineという薬剤によってXO細胞が持つ1つのX染色体を二つに増やしてやりました。こうして得られたXX幹細胞は正常に卵へと発生する能力を有しており、実際、オスマウスの尻尾から誘導したiPS細胞から作成した卵と野生型の精子を受精させることで7匹の仔マウスを誕生させることに成功しています。他にもダウン症のモデル細胞である16染色体のトリソミーを用いた実験や、germline transmissionを用いて同一オス個体のiPS細胞に由来する仔マウスの作成を行なっていたりと、生殖工学の分野のプロの仕事を堪能できる論文となっており、興味があればぜひ原著を読んでいただきたいとお薦めできる論文となっていました。将来的にはbipaternal (両親が父親)の子供を作ることも普通にできるように成るかもしれず、同性愛カップルの方の希望の星ともなりそうな研究だと感じました。
ES細胞やiPS細胞などの幹細胞*
・体の中のどのような種類の細胞にもなれる能力を持った細胞のこと(胎盤など一部成れない細胞も存在するが)。ES細胞は受精卵から、iPS細胞は皮膚などの体細胞から作られる。
研究の限界と展望
- 630個の受精卵から7匹の仔マウスしか生まれなかった(Fig. 3d)とのことで、正常な発生を行う卵を安定して取得するのはまだまだ難しそう。
- DNAメチル化などのエピジェネティクスの観点からの検証も必要。
専門用語集および難単語
- gametogenesis: 配偶子形成
- oogenesis: 卵形成
- euploid: 正倍数性の↔︎aneuploid: 異数性の
- ameliorate: 改善する
- Autosomal disorders: 常染色体障害
- genital ridges: 生殖隆起
- gonad: 生殖腺
- prospermatogonia: 精原細胞↔︎oogonia: 卵原細胞
- incipitent: 初期の
使える英語表現
- Given that 〜 「〜ということを考えると、を踏まえると」
- Given that XX iPS cells can be derived from XY iPS cells, it should be possible to generate offspring from a single male iPS line. 「XX iPS細胞がXY iPS細胞から作成できるということを踏まえると、単独のオスiPS系列から子孫を作成することも可能であるに違いない。」
- Attention should be given (paid/drawn) to 〜 「〜に注意を払うべきである」
- in light of 〜 「〜に照らして、〜の観点から、〜を考慮して」
- Thus, attention should be given to the expression of Parp genes, especially in light of the possibility that genes in this family are susceptible to X chromosome homozygosity. 「したがってParp遺伝子の発現については、特にこのファミリーの遺伝子群がX染色体のホモ接合に影響を受けやすいという可能性を考慮して、注意を払うべきである。」
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